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今週の礼拝説教アウトライン 2024年2月18日

更新日:3 日前

 この説教の音声は本ホームページ「説教視聴」サイトで聴くことが出来ます。このアウトラインを合わせてぜひお聞きください。福音の説教の音声を聞くすべての人の上に祝福が豊かにありますよう、お祈りいたします。

2024/02/18 仙台南吉成キリスト教会 礼拝説教:長老 古村直芳

「高齢者の尊厳」ゼカリヤ書8章4~5節      アウトライン

Ⅰ 高齢者の町エルサレム

 皆さんは高齢であるという理由で差別をされたことはないでしょうか?表面的には「敬老」ということが掲げられますが、実際は高齢者が疎んじられていると感じている方は少なくないかもしれません。しかし、聖書は高齢者の存在を「祝福」と言い切るのです。聖書にも「高齢社会」が登場します。背信の結果、国を滅ぼしてしまった神の民は、バビロン捕囚が終わり祖国再建の時を迎えます。しかし祖国再建には多くの困難が伴い人々の心は折れがちでした。預言者ゼカリヤは彼らを励ますために「年寄り」(8:4)のメッセージを語ります。再建される都エルサレムには男女問わず高齢者があふれるというのです。人々はこの幻に勇気づけられます。なぜ高齢者が増えることが祝福なのでしょうか。当時は子どもの死亡率も高く、また平均寿命も今よりもずっと短い時代でした。人間が長生き出来るのは手放しに神の祝福だと考えられたのです。勿論早く亡くなる方が神に見捨てられた人だということではありません。しかし、原則として長寿は神の特別な贈物です。いわば、高齢者は神の臨在のしるしです。高齢者が多い町というのは、神がこの町を祝福しているという証拠なのです。祝福された高齢者の姿を見て、若い人は「神がここにおられる」「この街にいれば、自分たちもこの高齢者たちのようになれるのだ!」と思い集まってくるのです。新約聖書において新しい神の民が登場します。それが教会です。このゼカリヤ書から言えることは、神が祝福している教会とは高齢者が満ちている教会だということです。満ち足りた高齢者が若者にとって祝福された人生のモデルになっている教会は幸いです。私たちの教会は高齢者が多く、幸いな教会です。

Ⅱ キリストはすべての人のために十字架へ

 キリストは高齢者のためにも子どもたちのためにも、すべての人のために十字架にかかって下さいました。神はすべての人のいのちに同等の価値を置いておられます。身体の衰えて出来たことが出来なくなる…その時、自分の価値が減じていくような寂しさを覚える方がいるかもしれません。しかし十字架をみるとき、神があなたをどれほど大切に思っているかが分かるでしょう。神は老いを許されます。理由の一つは身体が衰えても神の愛は全く変わらないことを学ぶためでしょう。十字架の赦しに与った高齢者はその満ち足りた姿を若い世代に見せる使命があります(8:16)。主の恵みに満ち足りた姿を周囲に見せ、希望をもたらしましょう。

 




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